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「幕末の天皇」(藤田覚著)感想

幕末・明治維新

本記事は旧ブログからの引越記事です。内容が古い(2013年)ので、最後に再掲にあたっての感想も附記しております。

幕末の天皇 (講談社学術文庫)

NHKの大河ドラマ「八重の桜」はとてもおもしろく見ているのですが、その時代についていろいろ知らないことが多いなと思う今日この頃です。たとえば、孝明天皇が攘夷だったことは有名ですが、どうも幕府と密接になったり、そうでなくなったりと複雑な当時の政治情勢が浅学にしてよくわからなかったのです。

今回講談社選書メチエで20年ほど前に出ていたものが、講談社学術文庫になったので、早速読んでみました。

本書は幕末天皇についての第一級の啓蒙書です。幕末の光格天皇から孝明天皇までの3代を扱っています。興味深かったのは、現在私たちが知っている天皇像は意外と新しい(または復古された形態)ということです。これらはいずれも、歴史に詳しい方には釈迦に説法でありましょうが、以下にいくつか興味深かった点を記してみたいと思います。

まず、天皇号が1000年近く途絶していたことが挙げられています。今歴史を学ぶときには「~天皇」と呼ぶので、ずっとそうだったのかと思いますが、院号で呼ぶことがずっと続いていたとのこと。当時の人たちにしてみると、ずっとなじんできた「~院」という呼称が、突然代わり、遙か昔の天皇号が復古したというのは、非常に大きな意味があったのだと思います。それは、新しい時代を感じさせるものでもあったでしょう。

さらに、天皇の「名称」が地名(住んだ場所)などから、諡に戻ったことも指摘されています。個人的に昔から、多くの天皇の名称が地名であることを不思議に思っていたので、納得でした。

また、明治維新の背景になった思想や背景などもよくわかりました。それには、諸外国からの圧力、天皇自身の復古への努力、幕府の弱体化やある種の不可抗力、各大名の野心や不満など多くの要素が関係していたようです。いずれにしても、世界史の視点から見るなら、世界の潮流は必然的に日本社会に大きな影響を与えることになったのであり、その結果としては、独裁、植民地化、共和制、内乱など様々な可能性があったのでしょう。しかし、日本は、「維新」という形で立憲君主「的」体制(諸説有り)への道を選ぶことになります。「革命」ではなく、「維新」という名称を用いたのも非常に興味深いです。

ご存じの方も多いかと思いますが、「維新」は中国の古典「詩経」で周の文王を讃えた大雅の一文~「其の命は維れ新たなり」より採られています。中国の政権交代のように朝廷の家そのものが変わる易姓革命ではなく、あくまで天皇家は継続しているという意味で、「維新」という語を採用したのでしょう。とはいえ、実際の周は、殷からの革命で成立したわけで、維新も意味は革命という気がしますが…。

内容は非常に濃いですが専門的過ぎず、とても読みやすいです。天皇という制度のあり方が昨今いろいろと論じられていますが、こういった歴史的な経緯をよく知ることで、より意味のある理性的な議論が深まるのではと思いました。

(2013年5月)

2024年10月附記:

2013年の記事で、もう10年以上経ちますが、なんとも内容が薄いのが恥ずかしい限りです。書評ではなく、ただの感想文ですが、紹介した本『幕末の天皇』の価値は今以て確かなので、引越再掲させていただきました。大河が『八重の桜』の時期だったのですね。私は結構好きなドラマでした。(故坂本龍一氏のテーマ音楽も大好きです)。

近年では、教科書も大きく変わりこの本に書かれていることもかなり浸透しつつあるのではと思います。当時読んだ際には「天皇」や「院」の称号のことなども、大変勉強になりました。現在2024年の大河ドラマ『光る君へ』を見ているので関連して言えば、ドラマでは中盤以降一条=三条=後一条と天皇が即位してゆきますが、学生のころに「後一条の『後』ってどう言う意味だろう」と考えていたのを思い出します。(前に存在した天皇がいての話なのはわかるのですが)。これは、「加後号」と言い、後一条天皇から始まった習慣でした。この場合は、父一条天皇の正統な後継者であることを強調していました。(両統迭立時代なので)。このあとの場合では皇統の正当性を示したり、業績が似ているなどの例もあるようです。1 時代によっていろいろな背景があるのですね。

2018年に講談社学術文庫で再版(元は2011年)された、『天皇の歴史6』(この巻は著者の藤田氏が担当)も大変興味深かったです。文庫版の後書きで藤田氏は、「天皇は、長い歴史のなかでその姿を変えつつ続いてきたのであって、『万世一系』であったとしても『万世不変』ではない。」と書いておられたのが印象的でした。今後の天皇制度を議論するためにも重要な参考書の一つです。


幕末の天皇 (講談社学術文庫)
講談社
近代天皇制を生み出した、十八世紀末から八十年にわたる朝廷の“闘い”のドラマ――。神事や儀礼の再興・復古を通して朝権強化をはかった光格天皇。その遺志を継いで尊皇攘夷のエネルギーを結集しカリスマとなった孝明天皇。幕末政治史の表舞台に躍り出た二人の天皇の、薄氷を踏むような危うい試みを活写し、「江戸時代の天皇の枠組み」を解明する。
天皇の歴史6 江戸時代の天皇 (講談社学術文庫)
講談社
「天子諸芸能のこと、第一御学問なり」と禁中並公家中諸法度で規定され、政治的には無力であったとされた江戸時代の天皇。しかし、後水尾天皇や霊元天皇は、学問や和歌を奨励して権威を高め、光格天皇は天明の飢饉の際に幕府から救い米を放出させたばかりでなく、応仁の乱以降に失われた御所を復古再建させた。老中・松平定信が説いた大政委任論など、幕末動乱の中で孝明天皇を権力の頂点に押し上げた原因を究明する。
  1. 井上亮「天皇と葬儀ー日本人の死生観」 ↩︎