この記事は2022年に他ブログで書いた記事の引越版です。一部加筆修正して転載しております。アイキャッチ画像は西安に一部復元された唐の「大明宮」
今年(追記:2022年)は「夢華録」でお腹いっぱいな感じがしていましたが、ひさしぶりに見返した「長安二十四時」(原題:「长安十二时辰」2019年)の感想を遅まきながら書きたいと思います。もう数年経っていますが、当時中国語字幕で観てあまり十分理解できていなかったところが非常に多く、見返すことができて良かったです。
レビューサイト豆辯での評価もきわめて高く(追記:2025年時点で8.1)、ヒットを記録しました。以下どうしてもネタバレが含まれるため、まだご覧になっていない方はご注意ください。
原作との比較
原作は馬伯庸の小説です。「三国機密」など三国志ものでも有名な作家です。彼の作品の邦訳も出てはいますが、SF系の短編がいくつかという感じで、まだ歴史小説の本格的な翻訳はないようなので、どなたか翻訳してくださらないものかと楽しみにしている次第です。
▼この短編集には「沈黙都市」というSF作品が載っています。(内容は完全に中国当局風刺であるため、本国バージョンとは異なる)。
原作『长安十二时辰』は、元々アサシン・クリードに着想を得たものだそうですが、そのうちアメリカのドラマ『24』のアイデアが加わってこの形になったと言います。(「後書き」にて)。
「十二时辰」というのは24時間のことで、邦題では今の時間になおしています。日本と同じく十二支を用いて約2時間ずつを表現します。そして話は24時間を48話に編成して作られています。
原作小説は、ドラマよりもかなり現実的で設定などもかなり緻密に作り込まれています。登場人物もドラマほど理想化されておらず無理のない人物設定になっています。言い換えれば、小説は人物設定や感情描写などではかなりあっさりしているイメージです。(このあたり私の中国語力の限界もありまして、ニュアンスの理解が不十分かもしれません)。
一方で、ドラマはかなり誇張した部分が多い感じがします。張小敬を始め、かなりの人物が原作以上に理想化されており、より悲劇的に、より複雑な人物設定になっています。例えば、第八軍団が僅かながら生き残ったのは、原作では援軍が「到着したから」(原作で生き残るのは3人だけ)ですが、ドラマでは「到着しなかったから」に変更され、より悲劇的なイメージが挿入されています。ドラマ版はよりドラマチックで、映像や音楽の効果も加わって感情が揺さぶられる作品になっています。
一番の違いは、(以下完全ネタバレ注意)ラスボスがドラマでは徐賓ですが、原作では賀監(ドラマでは何監)と義子の賀東(ドラマの「小ボス」何孚に近い)なところでしょうか。結果的に、ストーリーそのものも後半かなり変更されることになりました。
大抵、このような改編は原作ファンの批判の的になりますが、今作では(人によってはもちろん批判的ですが)原作ファンにも受け入れられたことが特徴的だったと思います。結局は好みの問題でしょうけれど、オリジナリティを持たせたドラマ化は成功し、原作とは違った感動を与える作品になりました。
ちなみに、史実を大幅に改変すると検閲がとおらないので、今作でも実在の登場人物の名前の多くが変更されています。(これが序盤に話をわかりにくくした要因の一つ)。ここで原作(史実)とドラマの人名対応表を簡単にまとめて起きます。
ドラマの感想
今作を見始めて最初(わかりにくい!というのは置いておいて)に感じたのは、雰囲気がなんとなく日本人にもなじみがあるなということでした。考えて見れば、まさしく遣唐使の時代ですし、日本の装束や政治も唐の影響を多分に受けていたわけです。推古天皇とか聖徳太子、高松塚古墳壁画などのイメージや、今昔物語の昔話の世界の雰囲気にも似ています。

ただ、24時間を48話に分けているので、全体がとにかく長いと感じます。(米国の「24』は1シーズン24話だったと記憶)。視聴者はこのような長編ドラマを、何日も時間をかけて視聴するわけなので、1日の話なのになんとなく「数日」の時間が過ぎているような錯覚に陥ります。そのため、逆に進行が遅く感じるのかもしれません。
これこそこのドラマの「売り」でもあるわけですが、もう少しコンパクトに出来たのではないかという気はします。(ただ各話実質30~40分しかない)。
ラストシーンについて
また、「最後が消化不良」という意見が意外に多かったです。「勧善懲悪」タイプの終わりではなく、独裁者である宰相林九郎も、(変転このうえなかった)元載も、その後については言及もされません。
しかし、よく考えるとそれも当たり前なのです。この話はあくまで24時間なのであり、悪役達のその後は24時間以降の話であるので、ドラマでは語られません。またこのドラマは復讐譚というよりサスペンスなので、謎解きや事件解決が24時間以内になされれば合格と言えるでしょう。このわずか1日を濃密に描いたことや、後日談がほとんど描かれないことこそ、このドラマの醍醐味なのではないかと思います。
もう一つ議論になっていたのは、ラストがモノクロ(白黒)になる意味についてです。この部分が白黒である理由の一つは、「24時間以外」であるためでしょう。彼らが旅立ちの準備をしたり、詔勅が起草されて下されるまでは時間がかかるわけで、ここだけは24時間の外という意味があるのは確実だと思われます。ただ、おそらくそれ以外にもいろいろな示唆があるのでしょう。「美しい太陽」は希望なのでしょうか、それとも斜陽の唐帝国なのでしょうか。
この「白黒部分」についても「消化不良」を感じた人達は多く、李必の昇進や、張小敬と檀棋が結ばれることなどを望む視聴者も多かったようです。しかし、この物語の重要なテーマは、名誉を求めない「侠客」としての生き方なのだろうと思います。エンディングが李白の「侠客行」なのもそのためでしょう。以下に一部だけ引用します。
事了払衣去 蔵深身與名
事が了らば衣を払って去り 深く身と名を蔵す
李白「侠客行」より
今作の最後はまさにこの「侠客行」の世界を描いたとも言えるのではないでしょうか。
ただ欲を言えば、生き残った長安の人達の営みが、最後の何監のシーンあたりにちょっとだけでいいので描かれれば良かったなと思います。
また、全体的に李必のキャラが弱く埋もれがちだったのが残念ではあります。(演じた易烊千玺はいい演技でした)。もっとも、張小敬を演じた雷佳音(当時まだ30代!)の圧倒的存在感の中、「文人キャラ」としてよく頑張ったと言うべきかもしれませんが。
お気に入りのシーン
今作ではたくさんの名場面がありましたが、私は結局最後の徐賓の台詞が心に残りました。
彼は、自らの能力を認めようとしない朝廷や唐そのものの体制を批判し、全てを計画します。彼は自分の能力を非常に誇り、大事の前には犠牲もいとわないというテロリストとしての残酷な面も持ち合わせています。しかし一方で、どこまでも張小敬を友として信頼しています。確かに彼は張小敬をも利用したといえる面はありますが、それでも彼の最後の言葉はとても感動的です。ちょっと長いですが、門楼上での場面を引用します。
これは張小敬の「那你为什么把我放出来」(ではなぜ俺を釈放した?)という問いへの答えです。Amazon配信時の日本語字幕と自分なりの私訳を交えつつ引用しております。
我想让你活 张小敬
(お前に生きてもらいたいからだ 張小敬!)
你跟我认识的人都不一样
(お前は周りの奴とは違う)
我想让你活着 看着长安越来越好
(長安がますますよくなるのを生きて見届けて欲しい!)
你一个长安不良帅
(お前は長安の不良帥に過ぎない)
比我这个户部八品小吏 应该更苦更累
(戸部八品の小役人である私よりも ずっと辛く苦しい職務だろう)
同样升迁无望 办案还有性命之忧 可是你呢!
(昇進の望みもないし、命の危険も伴う だがお前は!)
每次来户部调取案牍 总是嘻嘻哈哈
(捜査で戸部へやって来る時は、いつも楽しそうに笑ってたな)
好像 只要能活在长安 守着长安 对你来说就是最大的幸福
(まるで、長安で生き、長安を守れることが 一番の幸せかのように)
(中略)
张小敬 太可惜了!
(張小敬 あまりに惜しい!)
以你的本事 你应该做一个 一呼万应的将军
(お前の実力ならば、万軍を従える将軍にもなれるはずだ)
你本该振臂一呼 激励万众 涤荡我唐的兵敌 保长安几世太平!
(拳を振り上げ万民を激励して敵を掃討し 何代にも及ぶ長安の太平を守れるはずなんだ!)
可是你呢 你 只安心做一个捕捉小盗 捉拿贼人的不良帅!
(だがお前は・・、実際のお前はこそ泥や賊を捕らえる不良帥に甘んじている!)
我不服 我替你不服
(納得できるか! 私が納得しない)
彼が最後まで張小敬のことを気にしているのが、悲しみを誘います。最初に「生きて欲しい」と叫び、最後に張小敬への朝廷や世間の扱いを「自分は絶対に納得しない」と叫ぶのです。「我替你不服」という言葉が、多くを語っています。「お前に代わって納得しない」という意味でしょうけれど、「納得できるか!」という最初の自分の感情の叫びが、「(お前が納得したとしても)自分はお前の扱いに納得しない!」という、張小敬を思った叫びに言い換えられています。英語の字幕では「お前はもっと評価されるべきだ」という意味合いに訳しているものもありました。不満、鬱屈、羨望など色々複雑な感情が絡み合っているのでしょうけれど、この叫びは友への誠実な叫びだと思いました。彼は張小敬に惚れ込み、彼にすべてをかけたのです。
もちろん、これは彼の勝手な言い分であり、張小敬が指摘したように多くの無辜の民を巻き込むテロに違いありません。そして、張小敬の生きる道も徐賓とは違うものでした。とはいえ、その根底には社会の矛盾に疑問を抱き、自らの才が埋もれることを嘆く李白や杜甫のような、唐代の文人の姿も投影されているような気がしました。
結局この場面がこの話の全てのまとめなのではと思い、選んでみました。
まとめ
とても良く出来たドラマだったと思います。予算が潤沢ということはあるでしょうけれど、やはり歴史考証などをしっかりしたドラマは見応えがありました。
以上、冗長なレビューとなりましたが、お読みいただきありがとうございました。
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