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イングランド海軍の歴史本いつくか

西洋史

この記事は過去2010~2012年頃に他ブログでかいた複数記事を引越・統合したものです

欧州の海賊や海軍関係の歴史については様々な文献がありますが、ここでは英国の世界帝国形成に大きな役割を果たしたイングランド海軍の歴史に絞った参考書をいくつかご紹介します。(イングランドという言い方は若干正確さを欠きますが一応これで統一します)。ただ日本では、同じ海洋国家にもかかわらず帆船軍艦や海洋冒険小説の人気がないのが残念です。(私の若いころは、このジャンルは流行っていた気がするのですが)。基本的に帆船軍艦の歴史分野と海洋冒険小説は密接に関係していて、切り離して論じることはできないので、どちらも一緒にまとめております。

2025年追記

いま本記事を振り返ると、趣味でお詳しい方や、職業で船に乗っている方々にはあまりに初歩的というか、当たり前のことを書いていて恥ずかしいですが、日本でも「海洋史」や「海洋冒険小説」という分野が少しでも広く知られるようにとの思いで書いております。

ちなみにアイキャッチ画像はターナーの名画「解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号」です。この船は、後述するトラファルガルの海戦でも活躍した船です。ターナーの描いた場面は、1838年に廃船となって解体されゆくテメレールを描いたものです。

図説イングランド海軍の歴史

図説イングランド海軍の歴史
原書房
対無敵艦隊、英蘭戦争、アメリカ独立戦争からネルソンによる伝説のトラファルガー海戦まで、すべての海戦を対戦図とともに詳述したはじめての通史。さらに階級識別から艦隊戦術、時代を創った提督像までも網羅。地図・図版約170点。

イングランド海軍草創期から、トラファルガル(英:トラファルガー)海戦までの歴史を非常に詳しく通史として記述しています。日本では数少ない貴重な参考書です。ロイヤルネイビーの組織構造の成り立ちや制度、海戦の歴史などの詳しい解説があります。

ただし、軍艦内の生活や、組織の実際の運用などはほとんど扱われておらず、あくまで、組織の変遷や戦争、国際情勢の歴史という視点で書かれています。

後に日本帝国海軍はイギリス海軍から多くのことを学ぶわけですが、結局イギリス海軍自体(特に組織構造)も長い時間をかけて日本と同じ頃にようやく成熟を迎えているというのは面白い指摘でした。

2025年追記

ちなみにこちらはこの記事を書いた後2016年に新装版が出ていました。著者の小林氏は旧版出版直後に亡くなっておられるため、今回の新装版は改定ではなく、著者の友人の翻訳家村上和久氏による解説が増補されています。機会があれば読んでみたいと思います。

トラファルガル海戦物語(上)(下)

トラファルガル海戦物語(上)(下)。(原題:Trafalgar: The Biography of a Battle。イギリス海軍で最も有名な戦いを扱った研究書です。「物語」という題名ではありますが、極めて実証的な記述がなされています。著者ロイ・アドキンスはイギリスの考古学者。今回掲載した本の中では私の一番のお気に入りです。

トラファルガル(英:トラファルガー)の海戦は、1805年に起きたフランス・スペイン連合軍との大規模な海戦です。ナポレオンのイギリス本土上陸を防いだ海戦として有名です。ただし、この戦いはイギリスにとっては大変大きな意味を持ちましたが、ナポレオン戦争自体には大きな影響はなく、欧州での戦争は続きます。

本書の記述は、開戦前の情勢から、開戦(陣形もふくめて)、ネルソンの戦死、艦船の帰還、その後の評価まで大変詳しい叙述です。この時代の帆船での戦闘や生活はどういうものだったのかを、当時の水兵や士官たちの証言、報道などを交えてわかりやすくまとめています。

本書の特徴は、実際には何が起きたのか(起きたと思われるのか)を非常に詳しく検証していることです。所謂「ネルソンタッチ」がどのように決行されたのかや、ネルソンの指揮官としての矜恃もよく描写されています。砲弾が飛び交う中、平然と艦橋を歩くのが優れた艦長のしるしであったようですが、最後まで危険を顧みなかった(周囲は諫めたが)ため、敵の銃弾に倒れることになりました。海戦はいつもそうでしょうけれども、この戦いはそれはもう凄惨なものでした。

私はいままで、様々なノンフィクションの海戦ものを読みましたが、本作は本当に秀逸です。単なる物語や小説ではなく、ドキュメンタリー番組を見ているような感覚になります。

過去の戦闘で右目の視力、右腕を失っていたネルソン

図説英国の帆船軍艦

図説英国の帆船軍艦
原書房
18世紀中葉当時、世界一の造船技術を誇っていた英国のなかでも、最高傑作といわれた帆船軍艦・サンダラー号。74門の砲をもつこの歴史的名艦ができあがるまでの詳細な建造記録。当時の貴重な資料をもとに、複雑かつ高度な作業工程を、多数の設計図やイラストとともに解説する。

「図説英国の帆船軍艦」。(原題:Building the Wooden Fighting Ship)。昨年(追記:2011年のこと)再販(?)されていたので、読んでみました。大変すばらしい解説書でした。内容は、戦列艦サンダラーの構想から完成までの詳細な解説という感じでしょうか。これは、1760年進水の初代サンダラーの記録です。図説というにふさわしく、当時の設計図や絵などを多用しています。(白黒です)。木材の調達や、船の組み立て、発注の方法など非常に詳細です。木材で作る船がいかに様々な問題に直面したかがよくわかります。「海洋冒険小説」を読んでいると海軍工廠で、修理する予算が付かないとか、修理がひどい等の場面が出てきますが、かなりの数の船を建造維持することの大変さがこの本を読んでいるとわかります。

本自体はさほど分厚くはなく、普通の文芸本程度ですが、中身は非常に濃いです。(原書は絵本のような大型本なので、日本語訳も可能なら大判で良かった気がします)。「海洋冒険小説」等になれていないと読みにくいかもしれませんが、非常に専門的なので好きな方には読み応え十分です。前書きも後書きもなく、あくまでそのまま翻訳されたという感じです。

ちなみにサンダラーは大規模改修したにもかかわらず、バミューダあたりで嵐に巻き込まれ難破し、多くの犠牲を出しました。戦闘中は滅多に沈まないと言われていますが、やはり自然の地からはすごいですね。

大帆船ー輪切り図鑑

帆船軍艦 (輪切り図鑑クロスセクション 2)
あすなろ書房
1800年頃、世界最強と讃えられたイギリス海軍の帆船軍艦。マストを支える何百本ものロープは、どのようにしてはりめぐらされたのか?食事は?戦闘配置は?冷蔵庫もない時代、風と人力を駆使して長きにわたり航行し、世界をまたにかけて活躍したイギリス海軍の木造帆船の内部と、総勢800人の乗組員たちの日常を、ビジュアルでつぶさに紹介します。

帆船での生活などをさらに詳しく知りたい方は、「大帆船~輪切り図鑑」(原題:Cross – Sections Man of War)という大判の絵本がとてもわかりやすいです。

2025年追記

こちらは昔岩波書店から出ていたのですが、どうも絶版らしく、あすなろ書房から新しく2021年に出ています。題名は「帆船軍艦―輪切り図鑑クロスセクション」。内容は同じです。

親しみやすい画風で、船上での日常や軍務が描かれています。その一方で、実際の戦闘の残酷さもきちんと描かれており、戦争の現実をしっかり見つめる上でも重要な表現だなと感じました。

大型本なのでちょっとしまうのに困るかもしれませんが、表紙を見せて飾っておくのも楽しいです。

トマスキッドシリーズ

風雲の出帆
早川書房
英国がフランス革命政府に宣戦布告した一七九三年。二十歳の青年トマス・キッドは英国海軍に強制徴募され、戦列艦デューク・ウイリアム号の乗員となった。海軍生活を通し、キッドは海の男として成長してゆくが……新たなヒーローによる波瀾に満ちた海洋冒険小説。

この分野で欠かせないのは、「海洋冒険小説」です。ただ、その多くは最初から読むとかなりくじけるほどの専門用語が飛び交います。(加えて翻訳語の問題なども)。ホーンブロワーシリーズやオーブリー&マチュリンシリーズなどは大変面白いですが、どちらかと言えば事前知識が必要な作品です。(ドラマや映画から入るのもいいですが)。

この点で一番のおすすめは、ジュリアン・ストックウィンの「トマス・キッド」シリーズ(原題:KYDD)だと思います。内容は、普通の一般人(カツラ職人)の若者が強制徴募(突然町で海軍にさらわれる)されて一介の水夫から提督まで上り詰めるという話しです。主人公自体が素人(しかも海とも無関係の仕事)なので、専門用語や物事が周りの人物や上司から説明されながら進みます。なので、とても入門しやすいシリーズだと思います。当時の世相なども併せて感じることができる物語です。比較的新しく始まったシリーズで、現在(追記:2012年)まだ、英文原作も刊行中なので、完結していません。一方、日本語訳は売れ行きが悪いのか、なかなか翻訳が進まないのが残念。

2025年追記

キッドシリーズ(英文)はこの後2024年に全27巻で完結しました。最終巻の題は”ADMIRAL”(提督)。1814年のナポレオン戦争最終局面が舞台です。キッドの一代記もようやく完結したようです。ぜひ続巻の翻訳を望みたいところですが、先はかなり遠いですね。

ちなみに、トマス・キッドのようなたたき上げの艦長は意外なことに水兵たちにはあまり歓迎されなかったようです。当時の水兵たちは縁起や験を担ぐので、貴族の艦長を歓迎したとも言います。もちろん、当時の軍艦は私掠船としての側面もあるので、「稼げる艦長」ということも重要でした。艦長は船内においてはいわば「王」として絶対的な権力を振るいましたが、一方では水兵の反乱、上からの譴責(場合によっては死刑)、そして戦死など様々なリスクを抱えながら遂行する激務でもありました。

いずれにしても、このトマス・キッドシリーズは当時の世相もよく反映していて大変面白い作品です。


▼こちらはもはや古典とも言うべきホーンブロワーシリーズ(全11巻。日本語も完結)。

ヨアン・グリフィズ主演のドラマ版も良かったですが、こちらは打ち切りで続編が無かったのが残念。

まとめ(2025年の追加)

いろいろ書いてきましたが、この分野は結局ロマンなのかな~と思いました。そしてもちろん、忘れていけないのは、ただ「かっこいい」ではなく、海戦の悲惨さや「強制徴募」された人たちの悲惨さなども改めて記憶に留めなければと強く感じます。また、島国日本に注目しますと、今後「海洋史」という分野がさらに注目されるのではと思っています。

私自身は極めて船に弱く、若い頃は船を見るだけ(船室や排気の匂いだけ)で酔ってしまう体たらくでした。ただ、船に乗らないと生活できないような地域にもなぜか住んだこともあり、船はいいな~と思いつつ、気持ち悪くなる青春でした。

以上情報の羅列ですが、少しでもこの分野が再び注目されますよう願っております。(キッドシリーズ日本語版の刊行継続を是非!)。