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「明治大正見聞史」(生方敏郎)書評~「坂の上の雲」の時代を読む 

幕末・明治維新

2011年に旧ブログへ投稿したものの引越・再掲です。最後に再掲に当たっての若干の感慨を追加しております。

昨年末もNHKで「坂の上の雲」が放映され、明治という時代にある種のあこがれを感じることもあるのではと思います。ドラマのエンディングのテーマを聞いているとその風景と相まって、なんとなく懐かしい希望にあふれた時代だったような気持ちになります。

「坂の上の雲」には俗に言う「司馬史観」、つまり司馬遼太郎さんなりの歴史観が確かに謳われていると思います。一般には「日清日露戦争」の時代とその後の第二次大戦までを2つに分けて論じているとされます(明るい明治・暗い昭和)。これにはいろいろな批判もあり、このところテレビの影響もあってか更に議論は活発化しているように思えます。

日露戦争が祖国防衛戦争かと言われると、ちょっと首をかしげざるを得ないところもあり、個人的には全面的に司馬さんの意見に賛同するものではありませんが、司馬さんの平和を願う気持ちだけは、本物であると思うのです。

明治という時代が果たしてどんな時代なんだろうとずっと思ってきました。祖父は明治の人でしたので、伝え聞く部分からおぼろげに抱くイメージはありました。またテレビの時代物で扱われるたびに、それはそれで印象に残るイメージがありました。でも実際のところどんな時代だったのかという疑問はずっとつきまとっていました。そんなときに出会ったのが、上記の本「明治大正見聞史」です。

その時代を生きた人の記録であり、新聞記者でもあった著者ならではの客観性で明治を描いた点がもっとも良い点だと思います。もちろん主観がまったくない著述などないわけですが、読んでみるだけで時代の変化が伝わってきます。

著者は、明治憲法発布前の時代、維新から鹿鳴館時代までは非常な希望にあふれた雰囲気を肌で感じています。キリスト教ブームや、舶来の習慣にみながわくわくしている感じがします。しかし明治憲法が発布されたころから雲行きが怪しくなり、これまでの欧化の反動のような現象が現れたことを記しています。教育は尊皇と帝国主義的な色彩が濃くなり、日清日露戦争でそれは大きな流れになってゆきます。結局日清戦争のころからすでに第二次大戦までの大きな流れが始まっているのではないかとさえ思えます。大衆が一斉にある方向へ流れてゆく恐ろしさや、教育というものの恐ろしさを感じました。

現代史は詳しくないので、何が真実に近いかということを強く主張するつもりはないのですが、その時代を生きた人の証言は一面観でもある一方で、一定の真実を語っていると思うのです。

著者は1969年には逝去しており、この著作自体は古いものです。しかし文体は明治の人にしては硬すぎず、読みやすいと思います。とはいえ、古い時代のある程度の基礎知識がないとちょっと意味がわからない部分もあります。また、キリスト教の知識(明治学院なので)や、中国の故事成語などの知識も豊富な著者なので、そのあたりの知識があるとより面白く読めるかなと思いました。

明治大正の庶民の歴史を感じたい方は、是非おすすめです。

(2011年1月)


これは、2009年から2011年まで年末に放映されたNHKドラマ「坂の上の雲」の時代をもう少し知りたいと思って読んだ本でした。その時代の空気感のようなものが知りたかったのだと思います。書評というより単なる紹介ですね。

今回再掲にあたって使用したアイキャッチ画像は井上探景の「吾妻橋」です。探景はいくつかのバージョンの「吾妻橋」を描いているようですが、木橋から鉄橋になった吾妻橋は文明開化の象徴でもあったのでしょう。探景の作品は本当に素晴らしいものが多いですが、26歳という若さで亡くなったのが惜しまれます。

さて、「明治大正見聞史」のオリジナルは大正15年11月発行(1978年中公文庫で復刊)なので、本当に明治から大正までの時代を活写していることになります。扱っている出来事としては、明治憲法発布から関東大震災までです。

漱石や鴎外などを読むときに接する明治大正という時代はあくまで背景ですが、この本は直接的にその時代を描いている点でも貴重な記録だと思います。


この本の後に読んだ本をいくつか。

明治維新を考える (岩波現代文庫)
三谷 博
岩波書店
2012-11-17

私の勝手なイメージですが、三谷氏は、非常にバランス感覚が優れた学者だと思います。この点でとても印象深かったのは次の一文です。
「直接師事したのが日本共産党を離脱した伊藤隆先生や佐藤誠三郎先生であったせいか、いずれかといえば反共産主義者と分類されて、例えば、日本の人文社会学界の主流をなす出版社である岩波書店や東京大学出版会などの講座ものに執筆を依頼されることは、ついぞなかったのである」(p191)
これは彼の学問的な背景を示すと同時に、大変面白いなとおもったものです。なぜかというと、オリジナルは有志舎から2006年に出ていますが、この再版はその岩波(岩波現代文庫)から出ているからです。時代が変わったということでしょうか。


こちらは、かなり意見が分かれる本だと思います。ただ、私見ではこのような「バランサー」的な主張も必要だと思っています。冷静に考えればその通りという部分も多いですし、歴史はテロや暴力で動いてゆく部分も否定できないので、読んでおいて損はないと思います。このバージョンはAmazonの読み放題なら無料で読めるようです。(2023年11月現在)。最近はこれをさらに「完全増補」したものも出ています。