この記事は2024年に別ブログで書いた記事の引越版です。一部加筆しております。
前回に続いて、今度はドラマ全体の考察や感想を。(ネタバレを含みます)。 ▼こちらが前回。
全体の感想

前回書きましたように、今作は中国国内ではかなり厳しい評価でしたが、有効再生率などの分析では悪くない結果でした。関係して面白いのは、海外(中国以外)の視聴者(ネットドラマならではですが)の評価は意外に高いということです。海外のレビューサイトの数字をいくつか平均しますと、10点満点で7~8ぐらいにはなりました。さらに面白いのは、例えば大手IMDb の比較的シビアなレビュー点数は24年2月時点で7点ですが、アメリカと中国で評価を分けて確認できます。アメリカでは10点を付けた人が50%なのに対して、中国では6点を付けた人が50%で10点はいないという結果です。(まだ世界向けの放映が多くはないのでレビュー数が少ない点には注意が必要です)。
結局このような結果から判断すると、(後述する欠点はあるけれども)先入観なしで見る場合それなりに評価されていると言えます。
主演陣
周一囲の演技は確かに独特で、やはり濃いのは確かですが、本作の狄仁傑役はかなりはまり役だったのではと思います。ただ、多くの人が心に描いていた雰囲気とは違ったというのもわかります。私見では、「神のごとく推理して裁きを下す」ような狄仁傑像よりも、今回のようなキャラ設定の方が原作に近い気がしました。
ヒロイン曹安を演じる王麗坤も大変素晴らしかったです。私は、「七剣下天山」(2006年)の劉郁芳役でデビューした時の彼女のイメージしかなかったので、ひさしぶりに拝見してすばらしい女優さんになったものだと驚きました。
狄仁傑のイメージと違うという意見について
こればかりは、各個人の感じ方もあるので絶対こうだともいえないのですが、一応私なりの感想というか考えをまとめたいと思います。
前回も触れましたが、まず以前に見たテレビドラマや映画の影響は大きく、特にヒット作品や広く知られた作品のイメージは強く印象に残ります。2004年のドラマ「神探狄仁杰」こそが狄仁傑だと思う人なら、狄仁傑は武芸など出来ないと思うでしょう。(史実でももちろんできない)。一方で、徐克版の映画を見てきた若い方は、もっと狄仁傑はかっこよくて武芸にも秀でているはずだと言うかもしれません。また、ヒューリック原作という意味で「正解」を述べるなら、「狄仁傑は文武両道で剣の腕も立つ」ということにはなるでしょう。
また、ヒューリック原作とも違うという意見もあります。確かにいろいろ「改編」されたドラマではありますが、前回触れましたように、中国人一般が読んできた中国語翻訳自体も原作から乖離したものが多い以上、原作(つまり英語)と違うという議論も今回は非常にややこしいと思います。さらに言えば、今回のドラマは外国人原作の話を、外国人が中心になって脚本にしたドラマという特殊な事情もあります。
これは、優れた翻訳が多い日本語版でも同じで、翻訳である以上一定のイメージを読者に与えることは避けられません。例えば大室訳の「黄金案」を読むと、「~なのさ」「~したまえ」という狄仁傑の台詞が結構でてきますが、こうなるともう狄仁傑はホームズのような雰囲気に感じます。(ドラマの露口さんの声がよみがえる・・)。自分の中にあるイメージとの齟齬を感じる原因には、こういった色々な背景があることも意識つつ評価したいと思っています。
本作のテーマ
今作の印象は、今回のドラマにおいてあくまで推理は背景であり道具なのだろうということです。もちろん、推理のシーンも多くあり、劇的な演出によって事件は解決されてゆきました。ただ、全体の感想としては、「緻密で優れた推理」とまでは言えないと感じました。これは、原作についても言えることだと思います。もちろん、原作は「中国のホームズ」とも言われたぐらいですから、ドラマよりも推理が重視されています。ただ、「推理小説」としては日本でも海外でも批判はあります。私のような凡人には十分な内容なのですが、「推理小説マニア」からすれば不満も多いということのようです。
今作が目指したのは、人間模様であり、正義とは何かという問いとの戦いです。曹安との愛や、馬栄の嫉妬など、これまでの狄仁傑には「無縁」とも思えた要素を取り入れたことは批判されましたが、私はむしろそこが人間らしさを強調することになって良かったと感じます。同時にあからさまな愛情表現が控えられているのも好印象でした。
ちなみに13集あたりの「馬栄の嫉妬」の部分はかなりドラマとしては不評だったようですが、外国のレビュアーの方が面白い分析をしていました。あれは、女性としての純粋な嫉妬ではなく、「兄弟」としての心配や嫉妬なのではないかというものです。兄の妻に厳しくあたる妹(小姑)のような心理があるのではないかと。これは、15集で霸宗と別れを告げるシーンからも分かる気がします。馬栄はあくまで「小弟」であり、霸宗側もあくまで「兄」として接しています。個人的には、狄仁傑への淡い恋心がある気もしますが、やっぱり妹(弟?)感が強い感じはしますね。(このあたりは色々な解釈があっていいのでしょう)。
本作の狄仁傑は完全無欠ではなく、欠点も多い人です。人間臭い(その意味では魅力に欠ける)等身大の人物です。私としてはそこがこのドラマの魅力かなと思います。そう考えると、この作品は「大唐狄公案」というより、「狄仁傑傳」といった方がよいのかもしれません。
ヒューリックの原作は、中国文化や歴史への深い造詣と同時に、西洋人である著者の西洋的な合理主義や道徳感覚なども意図的に持ち込まれています。そして、やはり原作の面白さは単純な勧善懲悪ではなくてやはり人間模様でもあります。そう考えると、多くの外国人スタッフが関わったこのドラマはまさに「ヒューリック的」なドラマだったとも言えるかと思います。
問題と感じた点
全体的にわかりにくい点や描写が足りない部分がありました。また登場時の狄仁傑と、官僚としての狄仁傑のキャラ設定が若干ブレている感じがしました。
あとは、ちょっと間がありすぎる気がします。間は大事だとは思うのですが、ここで何か台詞があるのかなと思うと、結局何も言わないなど、不可解な部分も多かったです。話さない美というのもあるのでしょうけれど、もう少し話すべき時に話さないと、話として成り立ちません。これは特に曹安との会話で目立った気がします。
今作のアクションは素晴らしかったですが、狄仁傑の武功の強さ設定が曖昧だったのが気になりました。(この設定が一貫しているかは古装系のドラマでは非常に重要なので)。大変強いかと思うと、直ぐに打ちのめされたり捕まったりします。強いのか弱いのかの設定が不明確でした。
また、ヒューリックの「狄仁傑」シリーズの特徴は「旅」だと思っているので、もう少し旅情というか風情を表現できればよかったかなとは思います。横店のような大規模セットの豪華さは良かったと思いますが、今回はかなりCGを多用したと聞くので、もう少し地方での屋外ロケを生かしてほしいとも思いました。(今回AI生成のCGや実写が組み合われているらしいけれども)。
まとめ
私は総合すると、本作はかなりよかったと思います。傑作というには課題が多かったとは思いますが、それなりに中身(演技も)が濃いドラマでした。個人的には、海外で今後どんな風に評価されてゆくのかにも注目したいと思います。第二シーズンに期待です。
以上、前後編と大変冗長な文章にお付き合いいただきありがとうございました。
補足:第1シーズンの事件と原作との対応
基本的に全てに改編が為されているが、対応するものを以下にまとめた。対応する原作の題名は翻訳によってことなることに注意。
【基本的にオリジナル】
▼ネタが一部使用されている作品:
原題:Necklace and Calabash 1967
邦題:「真珠の首飾り」
※主人公が科挙(明経科)に及第して官途に就く部分を描くためのドラマオリジナルの事件。ドラマは歴史考証もかなりされていて、第一話では武則天の印が「璽」ではなく「寶(宝)」となっている。則天武后が延載元年(694年)に「寶(宝)」字に変更している史実を反映。(中国では以後「寶」が定着するのは面白い)。
原題:The Lacquer Screen 1962
邦題:「四季屏風殺人事件」「螺鈿の四季」
原題:The Chinese Gold Murders 1959
邦題:「中国黄金殺人事件」「東方の黄金」
※原作時系列としては、これが一番最初の物語。ドラマでは一番撮影に時間がかかった話。実寸大の舟を作ったらしい。
原題:He came with the Rain (from “Judge Dee at Work”) 1967
邦題:「鶯鶯の恋人」(「五色の雲」に載録)
原題:The Red Pavilion 1961
邦題:「紅楼の悪夢」
【完全オリジナル】
▼一部キャラだけが借用されている作品:
原題:The Chinese Lake Murders 1960
邦題:「中国湖水殺人事件」「水底の妖」
※「刁小官」役(オリジナル)で張若昀出演。アクションがよかった!
【完全オリジナル】
▼一部キャラだけが借用されている作品:
原題:Necklace and Calabash 1967
邦題:「真珠の首飾り」
※葫蘆先生は「真珠の首飾り」に出てくるキャラ。武術家で女優の周小飛のアクションが久しぶりに観られたのがよかった。
【基本的にオリジナル】
▼一部キャラだけが借用されている作品:
原題:The Chinese Bell Murders 1958
邦題:「中国梵鐘殺人事件」「江南の鐘」
※原作は、当時の日本で仏教に批判的な内容は出版できないと言われた経緯を持つ。
原題:The Haunted Monastery 1961
邦題:「雷鳴の夜」
※所謂中国小説やドラマでもよくある閉鎖環境での物語「客棧もの」に近い。推理物としては「クローズドサークル」「嵐の山荘」などのよくある設定。狄仁傑が体調がわるいのは原作でも同じ。(ドラマは悪すぎるけれども)。
<以上9案>