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井上靖「風濤」

世界史

2013年に旧ブログへ投稿したものの再掲です。10年程前の記事を引越したものなので、最後に追加で若干の感慨を追加しております。


このところ、本の虫干しや整理をしているのですが、古い本達が懐かしくて、読み直したりしている今日この頃です。

今回は、その中の一冊。井上靖の「風濤」です。もう著者が亡くなられてかなりたちますが、個人的に井上靖というと、なぜか「風濤」なのです。私が持っているのは、昭和62年版の文庫本なのですごく古いわけではないのですが、それでもいい色に焼けています。(私の持ってる文庫本の表紙はこんな感じです)。

舞台は元寇の時代の高麗。大国元と日本との板挟みになる高麗の様子を描きます。

表題は、元からの勅書にあった「風濤険阻ヲ以テ辞ト為スナカレ」から採られています。日本への外交使節を派遣すべしとの命令が高麗王へ下されたわけですが、いろいろ言い訳して拒んではならないという恫喝の一節です。

高麗は日本の武家政権誕生期と同じ時期に、同じく武臣政権が誕生しており、高麗王は傀儡化してゆきます。その後日本とは異なり武臣政権は崩壊しますが、高麗の国土はモンゴルの侵略を受けて荒廃してゆきます。そんな中即位した高麗の王元宗は太子時代に蒙古へ人質に出された人で、即位した蒙古皇帝フビライの信任もあり親モンゴルの立場を取ります。元宗が当初抱いていたフビライの優しいイメージとは裏腹に、高麗へ命じられる要求は日増しにエスカレートし、元宗は悩む……という話です。大国に翻弄される弱小国の悲哀や、日本で元寇として知られる出来事の別の側面を良く描いています。

小説としては、歴史的考証や実際の歴史文書などを詳しく参照しているため、全体的に読みにくい文体になっています。(漢文の書き下しが多い)。ただ、このように感じるのは今の小説になれてしまったからかもしれません。若かりし頃に読んだ時は読みにくいなどとは感じなかったことを思い出すとなんとも不思議です。いずれにしても、軽い小説ではありません。時代がちょっと異なりますが中島敦よりは固いというイメージでしょうか。

「風濤」が書かれたのは1960年代ですが、それ以来元寇や元、高麗の歴史については研究が進み、学説もかなり変化しています。

どんな戦艦(船)でやってきたのか?(竜骨があったとかなかったとか)。どれくらいの規模の軍勢だったのか?(どれほど被害があったのか、モンゴル兵の割合は?、神風とは何か)。なぜ出兵したのか。など数えるときりがありません。

この出来事はナショナリズムにも大きく影響を与えてきたわけですが、純粋な歴史として、また純粋な文学として楽しみたいと思います。

名作はたまに読み返すと、また違った感慨があり、よいものですね!

(2013年9月)


以上は、10年ほど前に書いたブログを今回引っ越してきたものです。

「風濤」は、元史を始め、様々な史料を調査して書かれたようですが、研究書としては昭和6年刊行の池内宏「元寇の新研究」を参考にしていると著者が述べています。本作の前に「蒼き狼」が発表されており、有名な大岡昇平との大論争(史実や史料解釈の問題)が勃発します。小説やドラマの史実論争や学問的水準への批判は今でも活発に議論されますが、小説にあまり多くを求めるのも酷ではありましょう。もちろん、同時にその時代の雰囲気や空気感のようなものは大事にしてほしいとは思います。読み手が現代人である以上限界はあると思いますが、その時代の価値観も反映した作品でることも重要だと思います。これは大河ドラマなどを見ていて常々感じることでもあります。

さて、こういった背景もあって、「風濤」は、かなり歴史史料を読み込んで執筆されたと言われます。この作品については今でもいろいろな評価がありますが、私個人としてはなぜか忘れられない作品の一つです。「題名」を見ただけでなんとなく懐かしさというか感傷的な気持ちになるのはなぜでしょうか。(「天平の甍」「楼蘭」「敦煌」とかもそうですけれど)。NHKの「シルクロード」を見た世代だからなのか、ただ歳を取って感傷的になっているのか・・・。

上記ブログ記事を書いてから10年経った現在ではさらに研究が進んで、様々な発見も続いています。「蒙古襲来絵詞」の解釈なども、だいぶ変わっているようですね。近年は考古学的な発見も多く、「水中考古学」の分野でもいろいろな成果が上がっているようです。今後の発表にも期待です。

近年では、服部秀雄氏の「蒙古襲来と神風」が面白かったですが、学会内では反論も多いようなのでそれもまた注目しています。いずれにしても、今後の研究の発展に期待したいと思います。


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