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金庸武侠小説の挿絵考――姜雲行氏と王司馬氏 

武侠小説

この記事は2010年に他ブログに書いた記事の引越版です。一部改変して再掲載しております。

金庸小説の日本語(単行本)の挿絵は李志清氏でしたが、やはり金庸の挿絵と言えば姜雲行王司馬の両氏でしょう。姜雲行氏の代表作は射鵰三部作ですし、王司馬氏は天龍八部や書剣恩仇録などでしょうか。かなり昔の版では別の方のものもあるようです。(新修版は未確認です)。

姜雲行氏は伝統中国的な優美で華麗な雰囲気があります。王道を行く描写といえるかもしれません。王司馬氏はデフォルメされた漫画も書く方なので、荒く勢いのある線が特徴でしょうか。日本昔話の絵のようです。ちょっと癖はありますが、すごく印象に残る絵が多いです。どちらもすばらしい雰囲気を出しています。

著作権の関係があるので、以下の2点のみ画質を落としてご紹介します。

姜雲行氏の「倚天屠龍記」挿絵。殷素素と張翠山の出会い。とにかく細かいところまで歴史考証しつつ描かれています。非常に写実的なのが特徴。

倚天屠龍記(遠流出版有限公司)




王司馬氏の「書剣恩仇録」挿絵。陳家洛に剣を渡す霍青桐。この絵のレイアウトも余白が凄くいいのです。(たしか巻末なので余計余韻がある)。とにかく味がある絵が多い。

「書剣恩仇録」(遠流出版有限公司)

これらの挿絵を見ていますと、武侠ドラマの雰囲気とはかなり違っているのがわかります。特に昔の映像作品は、かなりステレオタイプで時代考証を無視しているものも多いです。また、(人気俳優を使うからか)小説中の年齢とはかなり乖離した俳優が演じることも少なくありません。

2000年代に入ってからの金庸系のドラマでは、張紀中監督作品の「射鵰英雄伝」や「天龍八部」などはかなりよくできたドラマだと思います。これはかなり予算も潤沢でお金をかけられたということもあるでしょう。

キャストが難しいといえば、やはり前述の「書剣恩仇録」などはその一例です。霍青桐やカスリーは基本的に異民族(正式な定義が難しいけれども)なわけです。それでアン・ホイ監督の映画版1ではカスリー訳にウイグル人の女優さんを使ったりしましたが、お姉さんの霍青桐役は結局漢族の劉佳さん(当時27歳)でした。(私の中では霍青桐と言えばこの人なのですが)。これまでの多くの映像作品では、基本的に霍青桐役はあきらかに漢族の女優さんなので、そうなるとエキゾチックでもないし、妹だけ異国設定にすると今度は「姉妹」という雰囲気がなくなるという難しさがあります。このあたりにこだわった「書剣恩仇録」が将来作られることをちょっと期待しています。

もちろん、武侠小説には歴史の枠にはまらないような個性的なキャラがたくさん出てくるので、映像でどんな風に表現されるのかも毎回の楽しみではあります。こういった「江湖の奇人」たちは姜雲行氏と王司馬氏の挿絵でも生き生きと描かれてので、眺めているだけでも楽しいものです。

何はともあれ、挿絵という観点から小説を楽しむのもいいなと思うこの頃です。

(2010年6月7日)


追記:
2022年6月に姜雲行氏が94歳で亡くなられたとのこと。時が経つのは早いものです。金庸・王司馬の両氏も既に鬼籍に入られていますから大変寂しい限りです。金庸小説の挿絵集が出ており先日入手しました。宝物にしております。ご冥福をお祈りしつつ。

  1. 許鞍華(アン・ホイ)監督作品。(1987中国・香港合作)。金庸が自ら制作に関与した作品。前編:书剑恩仇录(紅花党の反乱)、後編:香香公主(シルクロードの王女・香妃)。LD版などでは「風と興亡」という邦題でも知られる。確か90年前後に日本の国際映画祭で上映されたと記憶。 ↩︎