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書評~「中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描」(阿部謹也著)

アイキャッチ 世界史

このブログは2013年に書いたものの引越し記事です。転載にあたっての追記が最後にあります。

先日(追記:2013年)放送大学の講義で取り上げられていて、ひさしぶりに本棚から取り出してみました。(講義自体は2009年のものの再放送のようでしたが……)。

中世を旅する人びと: ヨ-ロッパ庶民生活点描 (ちくま学芸文庫 ア 25-3)

若い頃、西洋史はどうも苦手だったのですが、この本を図書館で読んだ時(当時は78年平凡社版でした)に、なかなかおもしろいじゃないかと思った記憶があり、2008年に文庫本になった際に早速購入しました。ただし、この文庫本は2000年に出版された「阿部謹也著作集第三巻」に収録されたものを底本にしているので、78年版との相違についてはよくわかりません。(後書きは78年版のものです)。

どの世界にも、どの時代にも生活があり、特に旅というのは日本史でも西洋史でもおもしろいと思っています。日本史でしたら、「旅」つながりで、最近出版されたこの本も大変興味深かったです。

お伊勢参り 江戸庶民の旅と信心 (中公新書)
中央公論新社
千三百年以上の歴史をもつ「お伊勢さん」には、今なお全国から参詣客がやってくる。一般庶民の参詣が根付いた江戸時代、路銀いらずのおもてなし文化から、およそ六十年周期で発生した数百万規模の「おかげまいり」まで、日本中の庶民がいかにお伊勢参りに熱狂したかを、様々な史料が浮かび上がらせる。著者自身が、二十五年間にわたって実践したお伊勢参りの記録も収載した。街道の文化を再現する一冊。(Amazonより)

旅は人間の本能をくすぐるものがあるのでしょう。

阿部氏は西洋でいうアナール派のように、社会史や忘れられがちな人々の「小さな」歴史を大事にする方だと思います。もっとも阿部氏自身は、アナール派であるわけではなく、影響を受けたというより似た方向で研究をしていたということのようです。もっとも網野氏とも親交があった阿部氏のことだから、むしろ「一緒にしてほしくない」というくらいの(反骨の)気持ちだったかもしれないですね。それでも、(アナールが若干先行しているが)同じ時代に、歴史研究の方法論が新たな方向性を見いだしたのは必然的な流れだったのでしょう。

私が印象深かったのは、「我が著書を語る」(前書き)の次の言葉です。

私たちが学んできたヨーロッパ史研究は政治体制、社会制度、経済制度について、優れた概念を生み出してきた。それはヨーロッパの庶民の生活を前提として成立したものであった。学問は常に抽象化された概念を用いなければならない。研究をはじめた頃の私がヨーロッパの概念にどうしてもなじめなかったのは、その概念が抽出される母胎としてのヨーロッパ庶民の生活を全く知らなかったためである。

全体を通して、街道、河川、旅、遍歴と定住など、人々の生活と移動を中心として、中世の人々の生活が活写されています。西洋史に対する興味を深めるためにも、そして人間とは何かを考える一助にもなる良書です。

(2013年10月2日)

追記

今思うと、あまりに内容が薄い記事で書評などと言えるレベルではなくお恥ずかしいです。ただ、若いころは東洋史ばかりで西洋史にはあまり興味を持たなかったのが、年を取ってからだんだん興味を持つようになったのはどうしてだろうかとこの当時考えていたのを思い出します。記事にあるとおり、やはり生きている人たちの生活の息吹を感じることの面白さは洋の東西を問わないということなのだと今は思います。

あまりに内容が薄いのでちょっと付け加えますと、本書最初に出てくる「村の道と街道」(Ⅰ-1)では、「道の霊と十字路」という部分があり、そこが大変興味深かった記憶があります。街道は「道の霊」の支配するところだったとあり、特に十字路には良い霊・悪い霊が集まる場所とされていたと言います。日本でも同じような信仰はあり、「道」というものの特殊性を改めて感じたことを思い出します。

あと、本書は図説が豊富なのも特徴です。語り口も平易なので、何度も読みたくなる一冊です。