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西行の「何事のおはしますかはしらねども かたじけなさに涙こぼるる」の典拠の話

sakura 調査メモ

非常に有名な西行のものとされるこの歌。典拠があまりネットでも書かれていないので、典拠および西行作と言えるのかを調査しました。以下はあくまで個人の備忘録代わりの調査メモです。(お詳しい方には常識的かとは思いますがご容赦ください)。ちなみに、この歌の意味については多くの参考書やサイトで扱われておりますので、触れておりません。

調査結果

国会図書館で検索してみると、明治時代の国文学者藤岡作太郎氏の校訂した「異本山家集」(本郷書院明治39年)に見える。「西行法師歌集」と同じものか・・。研究者の間ではかなり有名な本。記載は以下の通り。

太神宮御祭日よめるとあり(詞書)

「何事のおはしまするばしらねども かたじけなさのなみだこぼるゝ」

藤岡作太郎「異本山家集」1906

若干、言い回しに違いあり。この点について藤岡氏の巻末の解説は以下の通り。

西行の詠とて、人口に膾炙せる歌、何事のおはしますかはしらねども、かたじけなさに淚こぼるゝ。は、類聚名物考に、撰集、家集、その他西行物語等にも見えず、唯人の口碑に云ひ傳へし所のみ、未だ出所を考へずといへり。されど家集本の終には、明かにこれを載せたることを思へば、この本の廣く行はれず名物考の編者の眼にも觸れざりしことを知るに足らん。

藤岡作太郎「異本山家集」1906 巻末「西行論」(太字筆者)

上記の通り版によって収録されないものもあったり、詞書きの相違など疑義はある。よって、挿入(転写時の付け足しとも)である可能性もあるが、西行作である可能性も高い。現存する西行の歌集の多くは先行するオリジナルから作成されている可能性もあるため、確言は難しいか。しかし、西行らしい歌。

別の資料もヒット。

西行の作。「西行法師歌集(西行上人集・西行法師家集・異本山家集とも)」の三系統ある系統中「板本系」にのみあげられている。・・「別に、板本には「山里は」(五九八)の歌を欠くが、その前の「もののふの」(五九七)の歌に続いて、次の三首が揚げられている。/太神宮御祭日よめるとあり/何事のおはしますをばしらねどもかたじけなさに涙こぼるる」とある。『新編国歌大観 私家集編1』(角川書店、1985)

レファレンス共同データベースの上記リンクでの回答より

「西行の作」と言い切って良いかは微妙だが、大方そう考えるのが妥当か・・。

以上調査結果を記録。

蛇足

山家集でのお気に入りは

ねかはくは花のしたにて春しなんそのきさらきのもちつきのころ 

山家集 77

ちなみにこれは辞世の句ではなく、あくまで晩年のものと言われる。当時は旧暦如月の望月(釈迦入滅)に桜が咲いたのか? 気象学の研究もあるようだが・・。1

  1. 山本武夫「西行法師の花の歌一首の気候学的考察」1969 ↩︎